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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)112号 判決

上告人

株式会社桝屋宇津木商店

代理人

大竹謙二

被上告人

有限会社東和食品

代理人

尾崎重毅

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大竹謙二の上告理由について。

記録によれば、本訴は、上告人より被上告会社を被告として提起された売買代金請求の訴であるが、これに対し、原審は、次のように判断したうえ、本件訴は不適法であるとし、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人の本件訴を却下する旨判決した。すなわち、被上告会社の登記簿には、訴外吉永雅洋が同会社の代表取締役として記載されているが、同人は、同会社の代表取締役ではなく、同会社の代表者としての資格を有するものではない。なんとなれば、被上告会社の臨時社員総会議事録その他の書類には、被上告会社は、昭和四二年八月二四日臨時社員総会を開催し、従来の取締役は辞任し、選挙の結果あらたに吉永外一名が取締役に選任され、即日同人らより就任の承諾をえた旨その他の記載があり、その議事録の末尾に出席取締役として吉永雅洋の記名押印がなされており、また、同日取締役の互選の結果、同人が被上告会社の代表取締役に選任され、同人の承諾をえた旨の記載があるが、吉永は、当時他所で自動車運転手として勤務し、右の臨時社員総会に出席したこともなければ、被上告会社の取締役および代表取締役に就任することを承諾したこともない。ただ、事後にその承諾を求められたことはあるが、同人はこれを拒絶したものであることが認められる。そうだとすると、吉永は、被上告会社の代表取締役ではなく、同会社の代表者としての資格を有するものではないから、吉永を被上告会社の代表者として提起された本件訴は、不適法として却下を免れない、とするものである。

ところで、所論は、まず、民法一〇九条、商法二六二条の規定により被上告会社について吉永にその代表権限を肯認すべきであるとする。しかし、民法一〇九条および商法二六二条の規定は、いずれも取引の安全を図るために設けられた規定であるから、取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるにあたつては適用されないものと解するを相当とする。この理は、同様に取引の相手方保護を図つた規定である商法四二条一項が、その本文において表見支配人のした取引行為について一定の効果を認めながらも、その但書において表見支配人のした訴訟上の行為について右本文の規定の適用を除外していることから考えても明らかである。したがつて、本訴において、吉永には被上告会社の代表者としての資格はなく、同人を被告たる被上告会社の代表者として提起された本件訴は不適法である旨の原審の判断は正当である。

そうして、右のような場合、訴状は、民訴法五八条、一六五条により、被上告会社の真正な代表者に宛てて送達されなければならないところ、記録によれば、本件訴状は、被上告会社の代表者として表示された吉永に宛てて送達されたものであることが認められ、吉永に訴訟上被上告会社を代表すべき権限のないことは前記説示のとおりであるから、代表権のない者に宛てた送達をもつてしては、適式な訴状送達の効果を生じないものというべきである。したがつて、このような場合には、裁判所としては、民訴法二二九条二項、二二八条一項により、上告人に対し訴状の補正を命じ、また、被上告会社に真正な代表者のない場合には、上告人よりの申立に応じて特別代理人を選任するなどして、正当な権限を有する者に対しあらためて訴状の送達をすることを要するのであつて、上告人において右のような補正手続をとらない場合にはじめて裁判所は上告人の訴を却下すべきものである。そして、右補正命令の手続は、事柄の性質上第一審裁判所においてこれをなすべきものと解すべきであるから、このような場合、原審としては、第一審判決を取り消し、第一審裁判所をして上告人に対する前記補正命令をさせるべく、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものと解するを相当とする。しかるに、原審が吉永に被上告会社の代表権限がない事実よりただちに本件訴を不適法として却下したことは、民訴法の解釈を誤るものであつて、この点に関する論旨は理由がある。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八九条により原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(関根小郷 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人の上告理由

原審判決は本訴提起の適否について判断し、昭和四十二年八月二十四日吉永雅洋は被上告会社の臨時株主総会及び取締役会に於て被上告会社の取締役及び代表取締役に選任せられたが、同人は右取締をにも代表取締役にも就任することを承諾したことはないから、同人がたとい被上告会社の代表取締役として登記されていたとしても被上告会社の代表取締役ではなく同会社の代表者としての資格はない、従つて同人を被上告会社の代表者として提起された本件訴は不適法であると言うのである。然し乍ら、

(1) 第一審判決理由説示の通り「会社が自己の代表者を定めることは会社の自治と責任に任せられて居り、登記によりこれを明らかにすることは法律の定めるところであるから、会社を相手方として訴を提起するには登記されている代表者をその代表者として表示すれば足りるのである。もし、その選任又は登記に欠陥があれば、被告会社(被上告会社)において自ら登記を是正して応訴すればよいのである。」

(2) 民法第一〇九条は「第三者に対して他人に代理権を与えたる旨を表示したる者は其代理権の範囲内に於て其他人と第三者との間に為したる行為に付き其責に任ず」と規定し、商法第二六二条は「社長、副社長、専務取締役、常務取締役其の他会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を付したる取締役の為したる行為に付て会社は其の者が代表権を有せざる場合と雖も善意の第三者に対して其の責に任ず」と規定する。何れも取引の安全を保護する制度である。そして民事訴訟法第四五条は「当事者能力、訴訟能力及訴訟無能力者の法定代理は……民法其の他の法令に従う訴訟行為を為すに必要なる授権亦同じ」としている。

(3) 判例の示すところによれば、「株主総会の決議を無効とする確定判決」があつた場合、同株主総会に於て選任せられた取締役は「未だ曾てその会社の取締役たりしことなきことゝな」る「然れども如上決議に基きて為されたる選任登記の現存する間は世人は該登記に取締役として示され居る者を以て正当なる取締役即ち代理人なりと信じ之と取引を為すべきことは当然なりと謂うべく」「会社は自らその取締役を取締役として選任したる旨即ち之を自己を代表すべき権限を与えたる旨を世人に表示したるものと看るべく夫の他人に代理権を与えたる旨を特定の第三者に表示したる場合と何等撰む所無きが故に民法第一〇九条は斯かる場合をも包含規定したる者と解するを相当とす」(大審院昭和五年(オ)第二九二五号、同六年六月二四日民事第三部判決)とし、又、株主総会の決議によつて選任された清算人がその権限内で第三者と法律行為をした後その決議が無効となつた場合につき民法第一〇九条の準用によつて会社はその行為について責任があるとするのである。(大審院昭和五年(オ)第八三六号、同六年六月五日民事第二部判決)右行為が訴訟行為である場合亦同様に解すべきは当然である。

(4) 吉永雅洋が自ら被上告会社の代表取締役で無いと称し乍ら被上告会社の代表取締役として訴訟代理人を選任し本件訴に応訴したことは一件記録によつて明白である。同人が被上告会社の代表取締役でないとすれば右訴訟代理人がして来た控訴の提起その他一切の本件訴訟行為は無効であるべきものであるに拘らず、それが無効となることなく有効なるものとして今日に至つている所以のものはまさに民法第一〇九条の適用又は準用によるものと解する外ないであろう。

(5) 又、吉永雅洋が代表取締役でなく従つて同人に被上告会社の代表者たる資格がないとすれば、原審は直ちにその欠缺の補正を命じ正式なレールに乗せて訴訟の進行を為すべき責務があるものと言はなければならない。(民事訴訟法第五三条)

以上述べた処によつて自ら明らかな本件訴を却下した原審判決は法律の解釈運用を誤つたものであり又審理不尽、理由不備の違法があるものと言はなければならない。

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